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創作ショートSF「脳の管理者」

その他

これは創作ショートSFです。

脳や眠り、夢について考えていたときに考えた設定をかたちにしました。

自分が経験したことの無いことが夢で出てくることってありませんか?起きた後に記憶を置き換えているだけかもしれませんが、他人の記憶や経験が入りこんでいるような不思議な感覚があります。

実はこの物語のような仕組みで世界は動いているのかも。

第一幕:警告

広大で、定義不能な空間。そこは宇宙の裏側、すべての銀河、すべての次元の「脳」の活動を監視し、そのリソースを管理する場所。「脳の管理室」と呼ばれるこの空間は、星雲の淡い輝きと、無数のデータストリームを示す透明な空間で満たされていた。

管理者のゼノンは、苔むした岩のような灰色のユニフォームに身を包み、肘掛け椅子に深く沈んでいた。彼の視線は、空間中央に浮かぶ巨大なホログラムに固定されている。それは、現在観測可能な宇宙全体のエネルギーバランスを示す、複雑な蜘蛛の巣状のネットワークだ。

助手のライラは、常に動き回る流体のような銀色の作業着を纏い、警告音の発生源を突き止めようとしていた。彼女は、部屋の静寂を切り裂く一筋の赤いパルスに気づき、すぐにゼノンに警告を発した。

「ゼノン、異常値を確認。パターン『イオタ・スリー』。緊急レベルに到達しました。」

ゼノンは目を細めた。警告レベル『イオタ・スリー』は、特定の銀河エリアにおける脳リソースの絶対的な枯渇を示すものだ。

「位置特定を。」ゼノンは抑揚のないトーンで尋ねた。

ライラは空間に浮かぶホログラムを操作し、銀河系の外れにある一つの小さな螺旋状のクラスターを拡大した。

「セクター・デルタ・ナイン。太陽系を含む領域です。当該エリア全体の生命活動に必要な『脳リソース』が、臨界点を割り込んでいます。」

「データを確認。当該領域の総生命体数は安定値にある。リソース枯渇の要因を分析せよ。」

「解析結果に基づき、リソース再分配機能の不全を確認。単一の生命体種による、継続的な過剰消費が引き金である可能性が高い。」

ゼノンは椅子から立ち上がり、部屋の中央へ移動した。

「対応策を提示せよ、ライラ。」

ライラは即座に答えた。

「プロトコル『ゼロ・バランス』を実行します。セクター・デルタ・ナインに存在する、全生命体の『脳レベル』を一律に低下させます。消費を強制的に抑制し、リソース欠乏の連鎖を停止させます。」

ゼノンは頭部をわずかに動かした。

「『ゼロ・バランス』は最終段階の措置である。当該領域には、文明ステージ3に到達した種が存在する。地球生命体、人類だ。文明レベルに対し、脳レベルを一方的に引き下げれば、整合性の乖離が発生し、文明の崩壊につながる可能性が高い。」

「しかし、放置は領域全体の消滅を招きます。部分的な崩壊を選択することが、管理機構としてはリスクの最小化に寄与します。」

ゼノンは透明な壁に投影された地球のホログラムを見つめた。

「文明ステージ3の存在が、なぜ消費を制御できないのか。その構造的な原因を解析する必要がある。リソース増加の要因が特定できなければ、対症療法は非効率である。」

「了解しました。地球生命体、人類に焦点を絞り、リソースの使途に関する詳細な再解析を実行します。」

第二幕:想像力のリソース消費

ライラは解析結果を、ゼノンの作業ステーションに直接フィードした。データは、既知の文明進化のパターンから大きく逸脱していた。

「ゼノン、解析結果です。文明レベルと脳リソース消費の曲線を確認してください。」

ホログラムには、他のステージ3文明の曲線が表示された。文明レベルの上昇に伴い、脳リソースの必要量は下降するのが通例である。しかし、地球の曲線は、文明レベルの上昇と並行して、必要量が継続的に上昇していることを示していた。

「データは非論理的である。文明の発達は、リソース効率の向上を意味するはずだ。彼らは何を目的として思考を継続しているのか?」ゼノンはデータ構造の矛盾点を指摘した。

ライラは、解析の結論部分を強調表示した。

「人類は、他の銀河の生命体と比較し、極めて高い想像力を有しています。彼らは、リソース消費を減らすことよりも、新しい概念を生成し、維持することに、より多くの脳を費やしていると判断されます。」

「その『概念』を特定せよ。」

「それは**『お金』**です。」

ライラは、人類社会のリソース消費の内訳を示した。ゼノンは、その数値の偏りに無言でモニターを見つめた。

「脳リソースの40パーセント以上が、『お金』に関わる思考プロセスに割り当てられています。」

  • 「収益機会の模索」
  • 「資産の移動計画」
  • 「貯蓄の維持計算」
  • 「非物理的『価値』と『お金』の交換処理」
  • 上記活動にともなう睡眠時間の低下

「彼らは、生存や物理的な生産活動の必要量を超え、**『お金の概念を、自己の社会内で移動させる』**という、概念的かつ非効率なプロセス維持のために、共有リソースを浪費しています。」

ゼノンはシステム・ログを参照した。

「『お金』の概念は、彼らの生存に不可欠なエネルギーか。あるいは、高度な技術を駆動させる物理的なリソースか。」

「解析結果:否。それは、彼らの集団が作り出した**『妄想』です。信頼に基づき、情報または物理媒体に価値を付与し、その交換と蓄積を社会の駆動源としている。他の文明では、この機能はより効率的な『権力』や『知識体系』の形で達成されます。人類は、最も非効率的で、最もリソースを要求する**仕組みで社会を運用している。」

ゼノンは地球のデータ・ストリームを注視した。

「彼らは、自己の存続を脅かす無限の循環ゲームに、宇宙のリソースを投入している。彼らの想像力が、この領域全体の物理的安定を崩壊させようとしている。」

「介入は不可避です。文明ステージ3の段階に至っても、彼らはこの非効率なゲームを停止させることができません。介入が遅延すれば、セクター・デルタ・ナイン全体の物理的消滅が予測されます。」

第三幕:妥協と停滞の強制

ゼノンはホログラムの地球の画像から、リソース消費のリアルタイムデータに視線を戻した。管理機構の最優先事項は、宇宙の均衡の維持である。個々の文明の発展は、その均衡の範囲内でのみ許容される。

「ライラ。プロトコル『ゼロ・バランス』は依然として非効率的である。文明の崩壊は、新たな不安定要素を生む可能性がある。より精密な調整を実行する。」

「指示を。」

ゼノンは、最終的な措置を淡々と宣言した。

「プロトコル『ミニマム・サバイバル・リセット』を実行。人類の脳リソース消費を、『お金』の交換に必須の機能レベルまで引き下げる。彼らの生存と、社会の物理的継続に必要な『金銭の移動』以外の、全ての余剰な思考。すなわち、創造性、非実用的な探求、芸術、抽象的な哲学的思考、これらに費やされるリソース供給を恒久的に遮断する。」

ライラは介入の規模を計算し、報告した。

「それは、知性の強制的な焦点絞り込みに相当します。彼らの文明の未来を全て停止させることになります。崩壊ではないが、恒久的な停滞を意味します。」

「停滞は、リソースの枯渇による消滅より優先される。我々の目的は、この領域の安定化である。彼らの想像力が、『お金』以外の目標を模索する限り、リソースの浪費は続く。その**非効率的な『夢』**を、我々が管理境界線内で停止させる。」

「彼らは、文明ステージ3の技術を維持しながら、金銭の交換と生産活動のみを遂行する、高度な自動機械と化します。」

ゼノンは応答しない。

「実行せよ。」

ライラは、地球のリソース供給ラインに介入するための複雑なコマンド・シーケンスを入力した。部屋を満たしていた赤い警告パルスは、緩やかに青い安定パルスへと移行していく。

「処理完了。セクター・デルタ・ナインのリソース消費は、現在最適値で安定しています。」

「データを確認。正常値に復帰した。」

ゼノンはホログラムに映る地球を見つめた。あの青い惑星で、何十億もの脳から、リソースを過剰に消費する非効率的な想像力が、システム的に除去された。

「人類は、文明ステージ3を維持する機能として存続する。彼らは、リソースを枯渇させるほどのを見ることは、もはやない。」

ライラは状況を記録した。

「リソースの浪費は防がれました。しかし、彼らの文明の進歩のベクトルは消滅しました。」

ゼノンは椅子に深く戻り、次の監視対象セクターのデータに視線を移した。

「我々の問題は解決した。彼らの非効率性が、この結果を招いたのだ。ライラ。銀河の監視を継続せよ。」

異次元の管理室は、再び静寂と効率的なデータの流れに包まれた。地球文明は、その存在を維持した。その代償は、人類を人類たらしめていた、リソースを浪費する**「創造性」の永久的な停止であった。彼らは、高度なテクノロジーを持つまま、終わりなき「お金のゲーム」を続ける、宇宙の片隅の非進化型文明**として固定された。

(終)

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